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Jun 4

風俗説教型ビジネスモデル

kashino:

海外に永住したり、長く住んで生活を営んでいたりする海外脱出組の日本人が、日本語で書籍やブログを書くケースが最近は多い。もちろん日本に住民票がないから税金も納めてないし、参政権さえろくすっぽ行使していないばかりか、持っていない場合もある。僕の身内にもそんなのが居る。

そのような書籍やブログでありがちなのは、自分が住んでいる国はこれこれこういう良いところがあるのだが、それに対して日本はそれが全くダメだと偉そうに指摘するパターンである。中には、海外にいるからこそ指摘できる視点というものもあって、それなりに納得できることもある。しかし大体は、日本で税金も払っていないし、選挙にも参加していないという、実質的に日本にコミットしていないにも関わらず、自分を成層圏ほどの上空に棚にあげて発言するふてぶてしさに呆れ果てることが多い。中にはヒドイヤツになると、出版からの収入や講演収入は日本からゲットするのだが、所得税は海外でというヤツである。自分の収入の大半は日本人の懐から得ているのに、自分の身は海外において安全地帯を確保した挙げ句、日本の文句を言うヤツである。

もちろん各人の発言は自由だし、それを止める理由もない。しかし、こういった光景を見る度にある情景を思い出す。それは、ソープランドやホテトルでしっかりコトを成した後に、その女の子を説教するオヤジである。既にやっちゃった後に「こんなことしてちゃ親が泣くよ」というヤツだ。風俗通いのオヤジは風俗嬢にお金を渡すだけまだマシだ。風俗嬢からお金を取ってさらに文句をいうたあ、なんたる料簡か。ホント、オマエがそれを言うな!とドツッコミしたくなるのは、関西出身じゃなくても当然だと思うよ。

こういうのをこれから風俗説教型ビジネスモデルと呼ばせてもらうよ。


Mar 5

企業のリーダーには3つのタイプがあります。真のリーダー、親分リーダー、年功リーダーです。

組織の目的よりも部下を持つことに生き甲斐を感じ、プライベートに介入したり、飲み食いを共にしたりする親分リーダーは真のリーダーではありませんが、まだましなほうです。

日系企業には特別に存在する深刻なリーダー問題があります。それは年功リーダーの多さです。本来、勤続年数が経ったことを理由に部課長になることはリーダー論においては論外ですが、今日はその論外を論じます。

日本社会は一見平等を強調する社会ですが、実は世界のほかの社会と本質的に何にも異なりません。ただその差の付け方が分かりにくいだけです。士=正社員、農=契約社員、工=派遣社員、商=アルバイトのような差別制度が歴然としているのに、日本は終身雇用と言い張る人が未だに多い。人々の不満と不安は、派遣切りではなく雇用差別なのに誰もその本質に触れようとしません。

年功リーダーも差別の結果です。努力と関係のない年齢をもって部下に差をつけようとしているだけです。本当に「年功」があれば差別といいませんが、そもそも年功リーダーの多くは「年」があっても「功」がないのです。年功の言葉は彼らが考え出した自己粉飾の言葉です。年功リーダーは「年が効く」「年効」リーダーなのです。

絶対に管理職に向いていないのに部課長になった日に赤飯を炊くのはなぜでしょうか。外国人には完全に滑稽に見えますが、本人達は明らかに「昇進」だと考え、やっと他人に差をつけることができたと喜んでいるからです。

年功リーダーは真のリーダーではないことは一目瞭然です。そんな偽リーダーが増えると組織的なモラル崩壊が起きるのです。「リーダーでもそんな程度なんだから、俺達は頑張ってもしょうがない」とか、「部長が優柔不断で責任を取らないから俺達が新しいことをやっても失敗の責任を押し付けられるだけ」とか、年功リーダーが存在するだけで、組織のモラルが低下していくのです。

年上を大切にするという儒教的美徳は私も賛成です。しかし、これは道徳論であり、組織論と何の関係もない話です。電車の席をお年寄りに譲る、老人ホームに寄付する、自分の親を懸命に介護する・・・これは我々一人ひとりの個人が心に決めたことであり、組織と関係なく行動でその心を示せばいいのです。

組織のリーダーの最大な美徳は真のリーダーになることです。責任とリスクと公正を背負って組織を勝てる組織にすることです。それができない場合、辞めるのもリーダーの美徳です。辞めることで最後の最低限の美徳を果たそうとするのです。

最近、管理職になりたくない人が増えたのはたぶん、多くの格好悪い年功リーダーが居るからです。見苦しい彼らをみて若者達は絶望するに違いありません。若者の無気力を批判する前に無気力なリーダー達は自分の資格にも同様な視線を送るべきです。

「差別」という言葉をきつく感じた方も多いかと思いますが、お許しください。ちなみに私は世襲も差別だと思います。一番酷い差別は社会に受け入れられる公然な差別であり、差別と気付かない差別です。差別は確実に社会の活力を蝕むのです。

宋文洲のメルマガの読者広場: 年功リーダーという差別 (via kml) (via petapeta) (via pinto)

“何をブレイクしてんだって。 見つかっちゃったな……っていう感じが。 ブレイクするっていうのはバカに見つかるってことなんですよ。 ブレイクしないっていうのは目利きの利くちょうどいい加減の人に面白がられている時期なんです。 「アメトーーク」に出ているくらいの時が一番輝いている、ってか優秀なんですよ、芸人さんも。 ただ「アメトーーク」をきっかけに「アメトーーク」に群がる獣たちがいるでしょ。 「アメトーーク」でやってたというそれだけの理由で来る(テレビ業界とかの)人たちがいるでしょ。 見つかっちゃダメなんですよ。” 2009-03-06 - てれびのスキマ

Mar 3
“さあ、賭けよう、さあ、生きよう、とことん賭に破れて息の根がとめられるまでこうするのがわれわれの生き方なのである。命を賭けなければ命がないのである。” 私の人生観を決定づけた大森荘蔵の言葉 - finalventの日記

Mar 2
“私はくずHTMLを書いている開発者の比率は、何年も変わっていないと考えている。80対20の法則は、(他の多くの分野と同様に)ここにも適用される可能性が高い。私の経験では、何かを行う方法を理解しながら、なぜその方法を使わなくてはならず、何が起こっているのかを理解している開発者は20%くらいしかいない。これがおそらく、最新のHTMLを書いている20%の開発者たちだ。” 開発者がひどいHTMLを書く5つの理由 - page2 - builder by ZDNet Japan

Feb 21
mshk:

nakano:
永遠に繰り返される「アプリケーションを無料にすべきか、それとも有料にすべきか」という疑問があるが、iPhoneアプリケーションについてデータから導き出される結論は次のようなものだ。すなわち最も成功したものを除き、広告収入で開発費用を賄う望みはほとんどなく、無料で提供することに積極的な意味はない。 (via Pinch Mediaの調査によると、iPhoneアプリケーションの平均「賞味期間」は30日未満)

mshk:

nakano:

永遠に繰り返される「アプリケーションを無料にすべきか、それとも有料にすべきか」という疑問があるが、iPhoneアプリケーションについてデータから導き出される結論は次のようなものだ。すなわち最も成功したものを除き、広告収入で開発費用を賄う望みはほとんどなく、無料で提供することに積極的な意味はない。 (via Pinch Mediaの調査によると、iPhoneアプリケーションの平均「賞味期間」は30日未満)

Preface

UNIQLOCKはセンスよくてスカしてるが、UNIQLOのチラシはダサい、という事象について考える。ブランド・イメージ衝突問題と呼んでおこう。これはブランド・マネジメントの観点からいって、まだまだ改善の余地がありそうだから、そこに有効な提言をすることを本稿の目的とする。結論としては、アパレル・ブランドとしてのUNIQLOと、店舗のブランドを切り離すことが、ブランド・マネジメントの観点だけからは、一つの有効な方策になりうることを示す。

Discussion

さて、この衝突問題を掘り下げて考えるうえで、他の事例との比較で考えてみようか。じゃあ同じようにブランドはスカしてるがチラシがダサい例を探してみよう。

SONY BRAVIAはスカしてるが、それを売ってるビックやヨドバシのチラシはダサい。

Apple iPodはイカしたブランドだが、やはり家電量販店のチラシはダサい。

では、BRAVIAやiPodが、それらのチラシによってブランドを毀損されているか? んなこたない。

え? ソニーやアップルと家電量販店は別の会社であり、UNIQLOブランドとUNIQLO店舗は同じだって?

そう、まさにそれが問題の本質なのだ。

つまり、製造小売業(SPA)という業態に絡んでくるのだが、店舗の役割は何か?

※ここでは店舗の役割を3つに分けてみよう。サプライ・チェーン管理(SCM)面、ブランド面、それ以外。本稿ではブランド面だけに注目する。

UNIQLO店舗は、UNIQLOブランド・イメージの強化に役立つブランド体験を顧客に提供できているか? ほとんど、できてないでしょ。店員の着こなしとかアドバイスとか表情とか働きぶりにUNIQLOブランドを感じたりする? しないでしょ?

Apple Storeと比べてみればいい。Apple StoreはAppleブランド旗艦店の機能を果たしているだろう。Apple Storeはダサいチラシを撒いたりしない。メルアド登録したら素敵なDMが届く。店員はApple製品に惚れ込んでいて、周辺機器の知識もある。

ビックやヨドバシのダサい(けど売れる)チラシにiPodが載ってて、それで始めてiPodを知る人がいたとしても、あまり問題がないだろう。それは数と質の面で。そういう人は少ないだろうし(数の観点)、そうだとしても、のちにiPodの広告やリアル店舗体験できれいに上書きされる程度の弱いイメージしかチラシは与えないだろう(質の観点)。

つまり、見込客層ほぼ全員にとって、iPodというブランドとの実質的な最初の最初の出会いは、あの広告だったりショップだったりするわけだ。メディア(パブ)やクチコミかもしれない。そこでいったん良いブランド・イメージを持った人が、実際はヨドバシで安く購入したとしても、その人にとってのiPodブランドはそんなに毀損しないはず。実際、Apple Storeで触って試して、ヨドバシで買う人は少なくないはずだし、そういう客がロイヤル・カスタマーではないか、というと、そんなことはない。もちろん「絶対Apple Storeでしか買わない」という信者にはかなわないにしても。

これはAppleがSPA型の垂直統合的な流通方式をとっておらず、柔軟なSCMを展開する利点でもある(というか、もともとメーカーの流通はそうなのであって、SPAという形態が比較的新しい特殊形なのだ)。本来は購買体験もブランド構築に繋がる機会だ。しかし、Appleがドンキの店員の接客に口出しする権限はない。一方で、だからこそ我々はドンキでiPodを買うときに、店員がどんなにイケてなくても、「ここはドンキだから」と割り切って、Apple iPodブランドとは切り離して受けとめるだろう。つまり店舗がAppleやiPodのブランドを冠していないので、そこでの悪い購買体験もApple iPodブランドに致命的なダメージを与えることはあまりないのだ。

これが製品(Product)とチャネル(Place)のブランドを切り離した状態だ。

一方のUNIQLO店舗(Place)はどうか? 店舗で良い体験を与えてくれないだけではない。もしUNIQLO店舗で悪い体験をしたら、アパレル・ブランドであるUNIQLOのイメージも悪くなる。これはアパレル・ライン(Product)と店舗(Place)のブランドが強く結びついていることの負の面だ。今回問題にしているダサいチラシだって、まさにそういうことだ。とはいえ、店舗にとっては死活問題であり、売れる(がダサい)チラシを止めるわけにはいかない。(だから社長マターなんだろう)

ここにブランド・イメージ衝突問題の原因があるということだ。

analog | ユニクロのダサいチラシとイカした広告の衝突問題 (via nakano)

Feb 19

さらに、どん底の芸能生活から同番組を通じて“毒舌あだ名芸人”として再ブレイクした有吉も「“クソ上がり”さんの『クソトーーク』に出させてもらって良かった。人の悪口言ってるだけなのに」と感慨深げ。

“毒舌芸人”有吉弘行、山崎邦正に付けたあだ名は「実力不足」